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曲がり角に来たエンジニアリング産業白書



本年度のエンジニアリング産業白書が発表された。この白書は、その名のとおりエンジニアリング業界の実態を発信する役割を負っている。エンジニアリング産業の転換期にあって、白書はその役目を果たしているのであろうか、白書もまた再編が必要なのではなかろうか。  剣持研三


 エンジニアリング産業白書、正式名「エンジニアリング産業の実態と動向」はエンジニアリング振興協会が毎年公表している、その名のとおりエンジニアリング業界の実態と動向に関する唯一の公的な報告書だ。その中には協会活動として必須な業界統計も含まれており、前身の事業も含めれば創立以来続けられている事業だ。これは協会会員を中心とした委員の手により作成されてきた。本年も作成された白書専門部会の委員諸氏のご苦労が察せられる。


●重要性を増している白書の役割
 わが国の企業は大きな変換期にある。事業の選択と集中・ビジネスモデルの転換・グローバルスタンダード経営への転換・株主志向の経営・コーポレートガバナンスなどなど企業はさまざまな課題に直面している。とくに直接金融の拡大は株主志向経営を必然としており、企業はアカウンタビリティを要求され、自らの経営実態・戦略を積極的に開示することが求められている。
 エンジニアリング産業も大きな変革が進行しており、企業の改革・再生を迫られている。エンジニアリング各企業もまた経営実態・戦略を開示しなければならなくなっている。その中で、エンジニアリング業界全体の情報も求められており、エンジニアリング業界の実態を発信しているエンジニアリング産業白書が、近年来、それを担う役割を果たすことが従来にもまして求められてきている。
 このように、エンジニアリング産業白書の役割は重要性が増している。過去、どちらかといえば業界内発信に重点があったのに対して、今日では業界内外、あえていえば業界外重点に、エンジニアリング産業の実態を発信する必要があるのだ。こうした見地から、白書を観察し、本年のみならず従来から引き継がれた問題点を指摘したい。

●白書本文は何を発表すべきか
 白書は二度発表されている。本年でいえば統計中心の9月の速報発表と、11月の本文発表だ。本年、本文発表はいくつかの新聞で記事となった。しかしこの記事内容はすべて、予測と統計であった。実はこれはすでに9月の速報発表において、発表済みであり、記事ともなっている。もちろん、統計は速報と確報であるが微々たる差しかない。11月のこの時期は中間決算発表と重なり、新聞は実績とくに予測に関心があり、一部新聞は白書の発表とはいわず、「受注見込み」とまでいっている。
 速報を発表したあとの本文発表は本年だけでなく速報を発表するようになって以来の課題だ。統計や予測以外で記事にできるように本文を発表するのはかなりの難問だ。白書は例年、業界の重要課題を特別テーマとして調査している。例年、本文ではこれを中核に発表してきたことが多いように思う。本年の特別テーマは「人的資源」であった。本年の場合、発表文や要約において、迫力のある内容を提示していないように見え、記事として取り上げにくい。エンジニアリング業界の実態は統計や予測だけではない。本文発表では特別テーマも含め数字以外で示される実態・動向を発表すればよい。本文でしっかりした実態を報告できる具体的内容・方策を真剣に検討すべきだろう。

●重要な「予測」の発信
 白書の二度にわたる発表においては、受注予測を大変重視したものとなっている。たぶん外部からの要望ニーズに積極的に応えたものだろう。ただし、現在の作成方法はきわめて信頼度が低く危険であることを指摘しておきたい。
 添付アンケート用紙をみるとプラント施設別に予測伸び率を記入、それを集計という微細なやり方だ。エンジニアリング企業の受注予想がプラント施設別に年レベルで存在したとしても、これは単に希望レベルに過ぎないのが普通だ。ましてプラント施設別は各企業の組織・営業単位と異なっているのが通常だ。しかしこの程度でも市場の見方として、分析の参考には、役立つ。この方法による予測は数年前までは業界別・プラント施設別の展望のための参考データとして、伸び率ではなくインデックスを発表していた。しかし、現在外部から求められているのは、新聞の扱いにわかるように業界としての予測なのだ。参考程度のデータの提示は無責任だ。
 エンジニアリング業界の動向を示すものとして、業界としての当該年度の受注予測は、外部への発信としていまや不可欠なものとなっている。では、ある程度確度があり、責任あるものにするにはどうしたらいいか。それはプラント施設別のような細かいものではなく、合計である企業単位の受注予想をとればいいのである。ニーズとしてもプラント施設別が必要なわけではない。専業各社の当該年度受注目標は発表されているし、兼業各社でも多くの場合、内部的には事業部門別の受注目標があるはずだ。それらを報告してもらうことにより、業界発信に足る確度と責任を満足している当該年度の数字が得られる。翌年度の予測も確度ははるかに落ちるがこれに準じて集めればよい。

●特別テーマ「人的資源」
 今年の特別テーマは「人的資源」という魅力的なテーマであるが、例年よりも小ぶりな内容となっている。結論として @人材問題の必要性における業種毎の格差 Aピラミッドからの脱皮 B資格重視 Cプロジェクトベース契約社員 DITの活用 E能力評価 の6項目を掲げている。それなりに納得できることではあるが、もっと突っ込んだ内容や視点があったらもっとよかったのではないか。
 アウトソーシングは世界的なビジネスモデルとして注目されているキーワードだ。これについては4つのパターンに分類、海外アウトソーシングなどに触れてはいるが、もっと本格的・体系的に論ずべきだろう。なかでも海外リソース問題は大きな問題だ。また、エンジニアリング企業の改革・再生に伴う人材ニーズの変化、日本の産業界におけるエンジニアの流動性など、取り上げてもよい問題がある。

●重点をおくべきは経営戦略
 本年の白書だけでなく、従来から白書は主として統計や予測という計数主体に発表しているが、これだけでエンジニアリング産業の実態を示していることにはならないのはいうまでもない。白書本体は計数だけでなく、前述した特別テーマに加えて、業種別の項で経営面での分析がなされてきた。しかし各業種で差があり、なによりもトータルな分析がないのでは、白書としての発信とはなっていない。
 現時点のエンジニアリング産業の実態は改革・再生を迫られている企業の状況を離れてはありえない。最近の決算発表に関連して同時に再生計画・経営計画が発表されることが多くなった。経営計画・経営戦略を積極的に調査課題とすべきだ。現在、組織・課題・国際化などの経営動向のアンケートがあるものの、設問内容が古いままだ。エンジニアリング事業の可否、分野・事業のやりかた=ビジネスモデル、グローバル化などなど設問を現時点に相応しいものにリフレッシュ・再編成して、トータルなエンジニアリング産業の経営動向を分析すべきだろう。その一環として特別テーマも位置付けられる。
 日本のエンジニアリング産業の経営動向はグローバルなエンジニアリング産業と無関係ではない。また欧米エンジニアリング企業の経営戦略はわが国企業の先行指標として重要だ。現在の白書において「世界のエンジニアリング産業の動向」と他の本文と関連がない。白書全体として、世界のエンジニアリング産業・企業の動向を組み込んだ分析が望まれる。