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“Key Technology”燃料電池の課題

究極のクリーンエネルギーといわれる水素。燃料電池は、その水素から直接に電力を取り出すことが出来る高効率の発電装置だ。しかし、現段階ではまだ多くの課題を抱えている。資源エネルギー庁では、燃料電池の実用化に向けた研究会を通じて、その将来展望を取りまとめた。

日本の産業構造を変革

 経済産業省資源エネルギー庁がこのほどまとめた「燃料電池実用化戦略研究会報告」には、“Key Technology”という言葉が随所に出てくる。
 燃料電池は、燃焼を経ずに水素と酸素を直接反応させる化学的プロセスで発電を行うため、カルノーの定理の制限を受けないという大きな特長がある。つまり従来の熱機関では得られることの出来ないような高効率の発電ができる可能性を持っている。しかも小容量のシステムでも効率が低下しない。既に現在の燃料電池でも、単体で35%程度の発電効率を持っており、他の小型の熱機関を上回っている。
 燃焼していないため、二酸化炭素の発生量は少なく、NOx、SOx、そしてPM(粒子状物質)の発生はゼロもしくは極微量にとどまる。さらに、燃料としては天然ガス、メタノール、DME、GTLなどが使えるため、石油代替効果がある。風力や太陽光発電で水素を製造して燃料電池で使うと、完全なゼロエミッションとなるばかりでなく、自然エネルギーにつきものである出力変動を平準化することにつながり、利用価値を高めることになる。
 また燃料電池は、家庭用コージェネレーションシステムの実現を可能とする。これが実現すると約5%の送電ロスをカットできるばかりでなく、緊急時用のバックアップ電源としても機能する。従来の大規模集中型電力供給システムから、分散型電源への移行を加速することになる。
 こうしたことから、燃料電池はエネルギー・環境分野の“Key Technology”との認識が広まっている。その開発、実用化が日本の産業界の競争力にも関わってくる。しかも求められているのは小型化、低コスト化、耐久性向上という日本の得意分野だ。実用化に際しては自動車、電気機器、素材、エネルギーなど関わる産業領域が広く、産業界全体へのインパクトも大きい。燃料電池コージェネレーションの導入・普及が進めば、燃料供給のためのパイプライン整備など、エネルギー供給システムの大変革につながるなど、日本の産業構造そのものも変革するような大きな可能性を持っている。
 “Key Technology”という言葉は、燃料電池という技術の持つ、社会全体への潜在的なインパクトを指し示している。

積極的な展開見せる世界各社

 海外企業は積極的に燃料電池開発に取り組んできた。GMは、米国とヨーロッパの二極・三ヵ所での開発体制を組み、アジア地域ではトヨタとの共同開発を進めている。ダイムラー・クライスラーでは2004年に燃料電池車を実用化させる計画だ。
 燃料電池メーカーとしてはバラード・パワーシステムが最右翼。昨年10月には量産化工場の一部を完成。また、日本では荏原と欧州ではアルストムなどと開発・販売会社を設立するなど、PEFCに関しては世界市場を席巻する勢いだ。
 一方、米IFCは東芝と今年4月に燃料電池の合弁会社を新たに設立する予定だ。同社はこれまでリン酸型燃料電池で多くの実績を持っているが、新会社ではPEFCの開発も進め、2005年には家庭用サイズのPEFCを市場投入していくとしている。そのほか、PEFCを開発している企業としては、Plug Power、Nuvera Fuel Cells、H-Power Corporation、Honeywellなどの企業がある。
 Shellの子会社であるShell Hydrogenは独自の燃料改質技術である、触媒接触部分酸化技術を保有している。2kW級PEFC用改質器システムを開発したほか、独Siemensと共同で固体酸化物型燃料電池(SOFC)発電システムの開発も手掛けている。
 こうした様々な企業も燃料電池の実用化が近づくにつれ、合併・再編の動きが活発化している。2000年にもPlug PowerがGastechの燃料処理部門を買収、IFCもShell Hydrogenとの合弁設立で合意、EpyxとDeNora Fuell Cellの合併によるNuvera Fuell Cellの誕生などの動きがあった。
 これらの動きにくらべ、日本では今一歩遅れつつあるという感がある。

ハードル高いコストの壁

 研究会報告では、燃料電池実用化の課題として、基本性能の向上、経済性の向上、燃料およびインフラの整備、資源制約および廃棄問題への対応、基準・標準および規制見直し等ソフトインフラの整備、人材不足―などを挙げている。
 経済性については、自動車用で現在のエンジンコストと同程度とすることが必要であるとしている。現在、kWあたり数百万円のコストを同5,000円程度に下げる。また定置用でも1台あたり30〜50万円程度の実現が必要としており、そのハードルは極めて高い。固体高分子膜そのものの低コスト化と触媒に使われている白金の使用量低減がコストダウンの大きな課題としている。
 またコストダウンにもつながる機器の標準化については、ISO(国際標準化機構)およびIEC(国際電気標準会議)で燃料電池に関する国際標準化が進めらている。2004〜2005年には国際標準として発効させる予定であり、日本でも、日本電機工業会(JEMA)、日本電動車輌協会(JEVA)、エンジニアリング振興協会(ENAA)の3団体でISOおよびIECに対応する形で標準化に関する審議活動が行われている。
 人材に関しても問題はある。特に電気化学分野の人材の不足により、基礎的な技術を保有していながら、ビジネスチャンスを逃してしまう企業がある、という懸念がある。企業と大学との連携により人材育成を急ぐ必要がある。さらに、日本では米国のようなベンチャー企業による燃料電池への参入がない。これも人材の不足と起業化へのインセンティブの不足が指摘されている。

燃料電池サービス業の出現が重要

 2003〜2004年には燃料電池車および定置用燃料電池の実用化製品が出始める。だが、研究会では2005年までを基盤整備および技術の実証段階と位置付けている。それまでに、安全性・信頼性に関する試験評価方法の確立、燃料規格の確立、要素技術の向上と低コスト化など実用化の技術開発の推進などを進めていく必要がある。
 その後、2010年までを導入段階としており、ここでは一層の性能向上と低コスト化を協力に推進するとともに、燃料供給体制の段階的整備など普及に向けた環境整備を実施する。これにより、2010年までには燃料電池車5万台、定置用燃料電池で210万kWの普及を期待している。
 さらに、2010年以降を普及段階とし、この時期では量産効果で燃料電池のコスト低減が一層進み市場は自律的に拡大していくものと見ている。普及目標としては、2020年までに燃料電池自動車が累計500万台、定置用燃料電池が1,000万kWに達するものと期待している。
 燃料電池は、家庭用電源としての普及も期待されている。しかし、そのためには技術・コストのみならず、いかに導入しやすいサービス形態を提供できるか、というポイントも重要だが、同報告書にはこの点については明記されていない。例えば、設備リースから燃料供給、バックアップ契約代行、メンテナンスまで全てをトータルで提供するようなサービスが提供されなければ、燃料電池の本格的な普及は覚束ないだろう。